【公開】《無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ 第2番 全曲※》左手独奏用編曲版(J.S.Bach 原曲)

                                                     (※シャコンヌは Bach=Brahms)

 ヨハン・ゼバスティアン・バッハ Johann Sebastian Bach (1685-1750)が作曲した《無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番ニ短調 BWV1004 より第5曲 Violin Partita No.2 in D Minor, BWV 1004  5.Chaconne》を元に、ヨハネス・ブラームス Johannes Brahms (1833-1897)は左手のみで演奏できるピアノ独奏用の編曲をした。タイトルは《J.S.バッハのシャコンヌ ニ短調 Chaconne》、(以降、原曲との混乱を避けるために、表記を《ブラームス編シャコンヌ》に統一する)この曲におけるブラームスによる編曲テクニックの詳細を丁寧に分析した上で、一貫した共通点を持たせるためにそれらのテクニックを駆使して残りの4曲を私自身が左手独奏用に編曲し、完成させた。

 この編曲に取り組んだきっかけは、《無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番ニ短調BWV1004》残り4曲は未だに左手用編曲としてパブリックになり広く知られている前例がないため、《ブラームス編シャコンヌ》を終曲に置いて全曲を演奏できるように完成させることは、ピアノ奏者がコンサートプログラムを組む際に有効なレパートリーになると考えたからである。
 奏者にとって挑戦しがいがあるテクニックの課題や楽曲テーマを持つ作品を創作すること、これを私自身は作曲家として大切にしている。左手作品では、5本の指のみで全曲を演奏する上での独特なテクニックが、創作技法面での留意点とも結びついており、チャレンジングな要素を含む。また、元々楽曲が生まれてきた経緯には演奏家側の挑戦心から来る要請が多かったため、自身の創作活動として求めていくもの、また、作曲家としての共感もそこに共通する。このことも、この編曲に取り組んだきっかけである。

ブラームス編シャコンヌの概要 

 

 J.S.バッハの《無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番 BWV1004 より第5曲シャコンヌ》を元に、ブラームスが左手のみで演奏できるようにピアノソロ編曲をした《ブラームス編シャコンヌ》について触れる。ブラームスは1852年に全5曲の編曲から構成される《ピアノのための5つの練習曲 Fünf Klavierstudien》を発表した(opus番号無し)。その曲集のうち、第5曲が《ブラームス編シャコンヌ》である。同曲集の他4曲の原曲は3人の作曲家による。その内訳は、フレデリク・ショパン Fryderyk Chopin (1810-1849)の練習曲集からの編曲が1曲、カール・マリア・フォン・ヴェーバー Carl Maria von Weber (1786-1826)のop.24からの編曲が1曲、J.S.バッハのBWV1001からの編曲が2曲となっている。同曲集では《ブラームス編シャコンヌ》のみが左手独奏のための編曲である。

 この作品は一般的に、右手を痛めていたクラーラ・シューマン Clara Schumann (1819-1896)のために編曲されたとされており、クラーラがブラームスに宛てて送った感謝の手紙の内容も資料として残されている(Edel 1994: 47)。一方、クラーラが右手を痛めていたからではなく、ブラームス自身のシャコンヌ及び左手演奏に対する美的な興味から施された編曲であるという資料も残されている(村木2008: 264)。かつてブラームスが音楽指導を受けていた、エードゥアルト・マルクスセン Eduard Marxsen (1806-1887)は1852年に《ブラームス編シャコンヌ》が発表されるよりも前の時期に既に左手のみで演奏する楽曲を数曲作曲している。また、マルクスセンの諸作品は両手のための作品も含め「教育用に書かれた作品」が大部分を占めることから、結果としてどちらか片方の手に比重を置いた作品も多く存在する。従って、「左手の演奏技巧」に加えて「左手独奏のための楽曲」という分野自体には師の作品に影響を受け興味を惹かれていた可能性がある。更に、ブラームスがシャコンヌに対して特別な愛情を持っていた(Patterson 1999: 179)ことも踏まえると、クラーラが右手を痛めていたのと同時期に、ブラームスは自分自身の美的な興味からシャコンヌを左手独奏版に編曲するということを想起したのであろう。

 シャコンヌの原曲を元にした編曲は左手独奏のための用途以外にも様々な編成のものがある。例えば、フェルッチョ・ブゾーニ Ferruccio Busoni (1866-1924)による両手で演奏するピアノ独奏版、レオポルド・ストコフスキ Leopold Stokowski (1882-1977)が編曲した管弦楽版、ローベルト・シューマン Robert Schumann (1810-1856)が編曲したヴァイオリンとピアノのデュオ版などが広く知られている。一方、左手独奏版として編曲されたものも多種類存在し、その中でも広く知られている編曲は、ゲーザ・ジチ Géza Zichy (1849-1924)が編曲したもの(1883)、イジドール・フィリップ Isidore Philipp (1863-1958)が編曲したもの(1903)、パウル・ヴィットゲンシュタイン Paul Wittgenstein (1887-1961)が編曲したもの(1957)、そして《ブラームス編シャコンヌ》である。ヴィットゲンシュタインの編曲では相当に音響効果を狙っているが、ベースとしては《ブラームス編シャコンヌ》を使用しており、その素材そのものに大きく手を加えてはいない。従って、《ブラームス編シャコンヌ》を尊重していたことがわかる。また、フィリップはシャコンヌに対して新たに左手用編曲をしているにも関わらず、フィリップ自身で《ブラームス編シャコンヌ》を監修したものがデュラン社から出版されており、独自のアーティキュレーションなどの書き込みをしている(といったプロジェクトを引き受けているという)事実から、彼も《ブラームス編シャコンヌ》の編曲に一定の評価をもっていたことがうかがわれる。

 

 

編曲についての補足事項

 

 前述のように、今回の編曲では《ブラームス編シャコンヌ》における編曲テクニックの詳細を丁寧に分析し、これらのテクニックを応用し、《無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番 ニ短調 BWV1004》残り4曲の全てを私自身が左手独奏用に編曲した。《ブラームス編シャコンヌ》から見えたポイントは、左手作品という演奏者にとって身体的に負担が大きな創作にあたり、演奏面での身体への負担も考慮に入れた上で、音響の確保など、創作面でも充実しているということである。この両面を実現するために、音域、運指、ペダリング、ハーモニー、手の移動、原曲のイメージを残した上での音の変更をはじめとし、各種工夫が重ねられた編曲であった。演奏面での身体への負担に注目がおかれていたことが、ブラームスによる左手作品の創作態度としてきわめて着目すべきところである。演奏家の多くが一度は陥りやすい「手の故障」という、左手作品に取り組むリスクに目を向けられた重要な編曲であることがわかった。どういったブラームスの独自性をどう応用したかを隅々まで記述していくとあまりにも長文になってしまうため、残り4曲それぞれの編曲において留意した点をごく簡潔に示す。ブラームスの独自性の応用とは直接関連性が無いことも含め、今回の編曲において主にペダリングとして重視した点である。尚、それぞれの舞曲としての特徴を踏まえた上で編曲を行なったが、今回は各舞曲の辞典的解説としての詳述は避ける。

 

「アルマンド」

 中庸の速さの楽曲であるため、ダンパー・ペダルの使用法によっては濁りが目立ってしまう。そこで、ダンパー・ペダルを使用する箇所の決定に注目し、その開始点と終了点を点線で示す箇所をとり入れた。

 

「クーラント」

 《無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番ニ短調BWV1004》におけるクーラントはコッレンテに属するものであるため、単純なテクスチュアと軽やかな音楽表現を重視した。従って、ダンパー・ペダルの使用を最小限にし、左手のみでレガートを表現する補助としての用途を中心とした。

 

「サラバンド」

 緩やかな曲想であるため、アルマンドと同様の観点でダンパー・ペダルの使用箇所を注意深く指定した。

 

「ジーク」

 快速な曲想の中でメリハリをつけることを主眼に置いた。従って、ダンパー・ペダルの使用を最小限にして軽やかさを表現した箇所、そしてその対比として、ダンパー・ペダルを比較的長く使用することでパッセージの和音化を狙った箇所を取り入れた。このような対比を楽曲全体で取り入れている。

 

 尚、《ブラームス編シャコンヌ》では、ペダリングや運指は最小限しか指示されていない。しかし、ダンパー・ペダルの使用箇所と運指は音楽解釈において重要な情報となる。故に、《ブラームス編シャコンヌ》に比してそれらを多く書き込んでいる。運指に関しては基本的に筆者の手の大きさをもとに考えている。従って、手の大きさによっては「運指」及び「レガートの補助のためのペダリング」は多少の変更が必要であろう。技術的な制約による運指の都合上で音響の断裂が起きてしまう場合など、それを補うためにダンパー・ペダルを用いるケースも左手演奏では多々ある。加えて、《ブラームス編シャコンヌ》におけるスラーの扱い方は非常に息が長い箇所が多いため、筆者による編曲においてもそれに準じた。しかし、演奏者の判断によって多少アーティキュレーションの変更はあるものと考える。その場合にも、「レガートの補助のためのペダリング」は多少の変更が必要であろう。

 また、J.S.バッハの時代における作品の演奏法として、段階的にクレッシェンドやデクレッシェンドを行うのが通例であるが、《ブラームス編シャコンヌ》の中では図形としてのダイナミクス記号(松葉)を採用しているので、それらに合わせた。

 編曲の際、J.S.バッハによる原曲「アルマンド」「クーラント」「サラバンド」「ジーク」の楽譜は、Wiener Urtext Editionを一次資料とした。《ブラームス編 シャコンヌ》の楽譜は、Peters社によるUrtextを一次資料として分析を行った。

 

参考音源   

画像はShutterstockで標準画像ライセンスを購入し、使用しています。

Allmanda
00:00 / 02:54
Corrente
00:00 / 01:22
Sarabanda
00:00 / 02:37
Giga
00:00 / 02:17

編曲スコアについて

編曲スコアについては、参考音源をお聴き頂いた上で「一般公開を前提としたイベント(オンライン企画も可)で取り上げることを具体的に考えて下さっている個人の演奏家」及び、「大学などの研究機関」を対象にPDF配布することが可能です。

 申し訳ありませんが、現時点では「取り敢えずスコアを閲覧したい方」及び、

「演奏や編曲の研究目的としての個人」への配布は行いません。

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